非対称
最近の私のキーワードは「非対称」です。「タンザニアと日本」、「タンザニア人と自分」は、非対称な関係にあると思います。タンザニアに来て1年以上が過ぎ、仕事・生活ともにすっかり慣れましたが、最近ふと、自分はタンザニアという国をどのように捉え、タンザニア人とどのように接してきただろうと考えることがあって、そのたびにすっきりしない、自分らしくない(と感じる)考えが浮かんでくるのです。いろいろ考えて、すっきりしない理由は「非対称」という言葉に集約されるような気がしています。
例えば、私が対等な関係を念頭に、タンザニア人に話しかけても、相手は対等だと思わないことが多々あります。「この人は若い日本人女性で、大使館で働いていて、金持ちで、いい家に住み、いいものを食べて、いい服を着て・・・・自分とは違う」という具合に。
タンザニア国あるいはタンザニア人に対して、日本あるいは日本人の私が、「私たち同じですよね」という顔をして手を差し出しても、それで、もし相手が握手してくれたとしても、そこには最初から「非対称」な関係しかないということ。
今日、タンザニア財務省での会議が終わり、入り口で大使館の車が来るのを待っていたら、財務省の看板にあまり目立たない字で、「ヴィジョン(目標)」が数行書かれているのに気付きました。最後に「2025年までに中所得国になること」と締めくくられています。タンザニア政府が掲げている目標は中所得国の仲間入りすること。日本は立派な高所得国です。
財務省での会議が有意義だったこともあり、そのヴィジョンを見たら、不思議と「非対称」であるということをスタート地点に関係を見直そう、まだ諦めるのは早い、という前向きな気持ちになりました。
人は生まれるときに、国や親や環境を選ぶことはできないということ。それでもそれぞれの環境で、努力する人、他人を思いやることのできる人が少しでも報われる世の中になるように。