2005~08年にタンザニアで仕事した後、2010~12年に計1年、調査のためにタンザニアに滞在しました。2014年10月からダルエスサラーム大学政治行政学部で教えるためにタンザニアに戻ってきました。darはダルエスサラーム、journalは日記という意味です。イギリス留学についてはブライトン・ジャーナル(brightonjournal.blogspot.com)をご覧ください。

Wednesday, November 30, 2011

TEDxDar 2011①

ドドマからダルに戻ってきてから、引越しやアポイントメントで慌しくしていましたが、先週土曜、TEDxDar 2011というイベントに参加してきました。TEDx(テデックスと読みます)はTechnology、Entertainment、Designの略で、世界各地で独自に開かれている講演や音楽などのパフォーマンスのイベントです。今年夏に一時帰国した際に、日本でTEDxSeedsを運営されている方にお会いする機会があって、ウェブサイトで過去の講演を見て面白いなぁと思っていました。

ダルでもTEDxが開かれているとは知らなかったのですが、たまたまドドマでインタビューした議員さんが、来週TEDxDarでスピーカーとして話すんだよね、と教えてくれて、議員さんが話す予定だというトピックも面白そうだったので、見に行ってきました。

今年のテーマは「誰がジンジャントロプスを殺したのか?(Who Killed Zinjanthropus?)」でした。タンザニアは今年、独立後50周年を迎えましたが、タンザニアで発見されたジンジャントロプスの化石をメタフォーとして、様々なバックグラウンドのスピーカーがタンザニアの過去と今と未来について自由に話したり演奏したりしました。 内容は化学、貧困、エネルギー、教育、ジェンダー、スポーツ、歌、ダンス、映像など多岐にわたりました。

場所は街中にある国立博物館(Makumbusho ya Taifa)で、ステージにはジンジャントロプスの化石の模型が置かれていました。会場にはWifiが用意されていて、参加者がツイッターでイベントの様子をライブで報告していた一方、途中で何度か停電になって、マイクが使えなくなったり、映像が途中で切れてしまったりしました。そもそも会場となったホールには扇風機だけでエアコンがなくて、とても蒸し暑かったですし。このギャップが今のタンザニアらしかったです。ダルなどの都市に住んでいる若い世代は、電気などのインフラが整っていなくても、携帯電話やパソコンで、facebookやtwitterなどを使いこなしています。タンザニア人はポレポレで・・とのんびりかまえていると、この若い世代においていかれるかも、とも思いました。

次回、印象に残った発表について書きます。

Tuesday, November 22, 2011

ドドマ

先週と先々週、首都ドドマの国会に行ってきました。ドドマに行くのは今回で4回目なので、だいぶ慣れて自分のペースで行動できるようになりました。ちょうど1年前に初めて国会に来たときは何もわからず、案内してもらった議員さんに手をひいてもらっていましたが(タンザニアでは挨拶で握手したまま手をつなぎっぱなしということが時々あるのです)、今回は国会の敷地内にも慣れて、知らない方々とのスワヒリ語の挨拶も前よりスムーズにできました。議員さんへのインタビューの数は少なかったのですが、今回もいろいろな話が聞けました。国会議員はタンザニアではエリートの方々ですが、経歴がさまざまで、地元のNGOで地道に活動してきた方、外国暮らしの長い方、弁護士、医師、教師、実業家、現役の大学生などいろいろで、それぞれに「ストーリー」があるのです(政治家だから話すのが上手という面ももちろんあります)。

また、タンザニアの国会では数年前から野党が活発になり、特に昨年10月の選挙で野党の議員数が増えたので、国会の議論が白熱することが多くなっています。今回の国会では憲法を改正するための法案が審議されましたが、野党CHADEMAは、法案が国会に提出されるまでの手続きと法案の内容を徹底的に批判し、その後、同党の議員全員と別の野党NCCRの議員2人が一斉に退席してしまいました(因みにCHADEMA議員が国会を退席するのは昨年の選挙後、今回で3回目です)。それ以降、野党議員は欠席したまま、同法案は可決されました。私はたまたま、この法案について活発に発言していた野党の議員さんと知り合いになって、インタビューをしていたので、その方が法案について何を考えて、どんな行動をとっているのかを垣間見ることができたので、とても興味深かったです。

Wednesday, November 02, 2011

国会議員と市民社会

タンザニアのアドボカシーNGOのネットワーク団体、ポリシー・フォーラム(Policy Forum)のウェブサイトに、「この法律は私たちが一緒に作った(We Made This Law Together)」というビデオが掲載されました。

レベニュー・ウォッチ・インスティテュート(Revenue Watch Institute)という団体が作成したこのビデオは、昨年4月に国会で可決された鉱業法(The Mining Act, 2010)の策定過程に、タンザニアのNGOがどのように参加したかについて、NGOのスタッフと国会議員が説明しているものです。この鉱業法では、タンザニアの主要産業である鉱業から外資系企業のみならず、国もしっかり収入を得ることができるよう、鉱山使用料の引き上げ、新しい鉱業プロジェクトに対する政府の一部権益確保などが定められました。(ご参考までに、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)のウェブサイトに、「タンザニアの鉱業政策について(2010年9月)」というレポートが掲載されています。)

私が興味深いなと思ったのは、これまでにインタビューした議員さんやNGOの方が出ていること、冒頭私の研究テーマである選挙区開発基金(Constituencies Development Catelyst Fund)が、議会と市民社会の関係が悪化したきっかけとして言及されていること、国会がダルから約500キロ離れた首都ドドマで行われるために、ダルで活動しているNGOにとって移動が大変というタンザニア特有の問題などです。ダル・ドドマ間は空路や鉄道がなく、車で移動するしかありませんが、ノンストップで約6時間かかります。もし国会議事堂がドドマではなくダルにあったら、市民社会による国会での法案の議論への関与の仕方は違っていたかもしれません。

因みに、このビデオに出てくる国会議員のうちの2人は今インドの病院に入院しています。最近タンザニアでは政治家が検査や治療のためにインドに行くケースが増えていて、今4人の主要な政治家がインドに滞在しています。どこの国でもそうですが、政治家の仕事は体力勝負の面もあるので、しっかり療養して元気になって戻ってきていただきたいです。